「どうせ」と「もう」を禁止する

自分が置かれた場所や環境が変わったときに、それがより良くなる場合には問題ないのですが、そうでなかったとき、人はモチベーションが下がったり、ストレスがたまることによってそれまでのようなパフォーマンスが発揮できなくなったりします。
これは一般の人に限らず、プロのスポーツ選手にも見られることです。
そんなとき、何を考えどう対応していくのが良いのでしょうか。


※奮起して闘うもの。

 どう対応するか

今まで良かったのに変化があって自分にとっては良くない環境になってしまったということはあり得ることです。
今まで使えたソフトが使えなくなった、上司が理解ある人だったのに転勤して違ったタイプの上司に変わってしまった、ひとりでも組織でも、仕事でもプライベートでもそれは訪れます。

そんなときどうするか、この対応でその先はもっと良くなることも、逆にどんどん悪くなっていくともあるものです。
これまでと変わってしまった、なんだか自分にとって改悪になってしまったと腐って終わるのか、別にそれでもいいかと何もしないのか、変わってしまった状況で、少しでも良くする方法はないかと奮起してできることから変えていくのか、あなたならどうしますか。

以前ブログにも書きましたが、スキャンソフトも使いにくくなったとそのときは不満に思い、なんでこんなふうになったのかと嘆きもしましたが、それからもいろいろと代用ソフトを探し続け、新しいものに巡り合うことができました。それも今までにない機能が付いたものに。

Scannbleさようなら、Genius Scanこんにちは
まだ紙の書類を保存することがあります。そんな時に使うのがスキャンアプリ。写真を撮ってデータ化・保存、税務申告の提出書類として使用したりと紙の書類ではできないことをアプリでできるように対応しています。これまでいろんなアプリを試してみましたが、...

当然、腐って終わる、何もしないという選択肢が一番ラクであり、奮起して変えるということが最も難しい選択肢です。

 変えられるものと変えられないもの

そして、変えられるものと変えられないものも当然あるわけです。
例えば、自分が変わることで状況が改善することであれば、自分を変えてその先の状態を良くしていけばそれで良いでしょう。自分は変えられます。

しかし、他人や環境を変えることでしか状況が改善する方法がないものである場合は変えようがありません。他人を変えることは非常に難しい。

わたしがひとりで仕事をするのもやはり組織を変えることができないからです。組織にいては自分のやりたいこと、試したいことはできませんでした。
ただ、わたしは組織と考え方が違っても否定するつもりはないので、どうにかして変えてやろうという気概もありませんでした。
ある意味、腐って何も変える気がなかったのでしょう。

 自分の限界を自分で決めない

そうなるとあとはわたしの場合、奮起して変えるしかありませんでした。組織そのものではなくわたしの働く場所や環境を変えるのです。自分が望むスタイルで。
このとき大切なのは、自分の限界を決めてしまわないことでしょう。
例えば、わたしが「どうせ今から独立しても‥」、「もう若くはないし‥」と自分で制限をかけていたとしたら、今の環境はあり得ないわけです。

実現したいのなら、”どうせ”、”もう”は禁止です。前を見るしかありません。

最近受診したクリニックの医師がなかなかの高齢の方でした。実年齢はお聞きしていませんが、わたしが見る限り70代以上ではないかと思います。その方は自分でパソコンを操作し、10年前の過去のわたしのデータも検索するし、今回の顛末も自分ひとりでカルテにタイピングで入力していくのを目の前で見ました。

その医師はもしかしたらパソコンがもともと得意なのかもしれないし、これまでも同じシステムなどを使っていてとても慣れていたのかもしれません。
それでもパソコンのOSやシステムだってどんどん変わっているのだから初めてのこともたくさん出てくるはずです。
結局この医師も挑戦し続けているのでしょう。きっとその年齢ならではの悩みも抱えながら。

そういった姿を見ると、やっぱりそこで腐らない、あきらめない意思はとても重要なのではないかと思わされます。(医師だけに。)

  • 直近の出来事
    自分ではコントロールできなくて、望まない状況に事態が進んでいくことがあります。そこに苦しむ人を見たことがありますが、何とか乗り越えてほしいと願うのみです。
    もちろん立ち向かうだけでなく逃げるのもひとつの方法です。