輝いて見えるもの

これまで学校などで子どもの行事に参加(観覧)することが何度かありました。そのたびにいつも思うのですが、なぜ子どもたちは輝いて見えるのでしょう。自分のこどもはもちろんですが、ほかのお子さんたちも輝いて見えるのです。


※輝きを放つ餃子。

 子どもはいつでも輝いて見える

わが子が幼稚園に通うころから幾度となく自宅ではない場所で生活する姿を見てきました。
子育てを経験している方はお分かりかと思いますが、自宅以外で活動する子どもたちは表情が違うのです。それが例えば幼子のような小さな子であっても高校生のような大人に近い存在であっても。いつ見てもなぜだか輝いて見えるのです。

もちろん、子どもそれぞれで性格も違うし、得意不得意ももちろん違います。
その行事によって力を発揮する子、なかなかうまくできない子、いろいろですが、わたしにはどの子も輝いて見える。そんな姿を見ると、なんだか目頭が熱くなることもあり、「まぶしすぎるぜ!」となります。

 キラキラしていようということではない

輝いて見えるのは大人も同じなのかもしれません。
仕事でいえば、お客様〇件の顧問をしています!、売上△円獲得、毎年増収増益です!という感じは輝いていると言えばそうかもしれませんが、いつもキラキラしていよう、ということではありません。

少なくても良いので誰かに魅力を感じてもらえる税理士でありたい、全国8万人の税理士のなかで、ここだけは勝っている(自分にしかできない何かを持っている)といえる(思える)ようになりたい、という意味合いで輝いて見えると良いなと思っています。

 輝く=刺さる、ということではないか

つまり、ここでわたしが言いたいのは、”輝いている”というのは、同じような感性をもった人の心に刺さるのではないか、ということです。

ブログやホームページを見て”違うな”と思えばもちろん申し込みはしません。
こういった発信がない状態でご契約をいただいたとしても、お互いに合わないのであれば双方が不幸になる可能性が高くなると思います。

キラキラではなく、”あ、この人何か良いかも”、”この発信好きだな”と思っていただければ、それは「合う」ということではないでしょうか。
わたしも過去にそう思って申し込みをさせていただいた方、ずっと追いかけている方、何かと参考にさせていただいている方は何人かいらっしゃいます。
誰かにそう思っていただけることは幸せなことなのでしょうね。

  • 直近の出来事
    先日も子どもたちの輝く顔を見ることができました。誇らしく、うらやましく、そして笑顔とパワーをもらいました。