わたしの家にあじさいがあります。こういう植物に対する知識が乏しく、なんだか最近元気がないなと思い、庭に出してみることにしました。
するとあじさいが元気を取り戻し、やっぱり外にあるものは外に、中にあるものは中に、適材適所が大事なんだなと思った次第です。

※元気を取り戻したあじさい。
知っている人に聞ける環境か
子どもの部活の用品を購入するためにスポーツショップへ行ったとき、わたしも妻もそのスポーツに対する知識がなく、どういったものを購入すれば良いのかわかりませんでした。選択肢が多く、どれが良いのか悩んでいると店員さんがやってきて説明してくれました。
初心者である子どもには何が必要か、どれを選択したらよいか親切丁寧に教えてくれ、親子で納得して購入することができました。
別の話です。子どもが風の強い日に傘をさしていたのですが、傘のさし方が悪く何度も傘が裏返ります。風がどこからどっちに向いて吹いているのか、それに対して傘のさし方をどうすれば良いのか、理由とともに説明したという経験がありました。
わたしが教えてもらったことと、わたしが教えたことの違いがありますが、知っている人に聞くことの重要性と、それができる環境にあるかどうかということです。
組織に属していれば知っている人が周りに多い可能性があり、聞くことができる環境下にあるといえますが、ひとりだと周りに知っている人がいない(又は知識を持った人とかかわりがない)ということもありえます。組織でもそうですが、ひとりの場合はさらに自分で確認できるようにすることと詳しい人を見つけることが重要とも言えます。
環境づくりを意識しているか
わたしの知人が経営している会社では、たとえ経験者であっても新たに加入した方は現状の社内のルールを同様に守って仕事をしてもらい、その中で新たな経験者が働きやすいように柔軟な対応をしている(変化させている)、とお聞きしたことがあります。
職場の雰囲気や働きやすさ、継続して勤務できるようにするための職場、環境づくりを意識しているということです。
これとは反対で、事務畑と営業畑を混合した例を見たことがあります。
本来営業畑の社員に対し、これもできるはず又はできそうだと判断し、営業畑ではなく事務畑の業務量を増やしすぎていたケースです。社員のキャパシティも考慮せず業務量を増やしすぎた結果、どれも中途半端になってしまい、事務畑の業務はほとんどできなかったのです。
どちらの例も環境を作る、適材適所になっているかどうかを意識しているか、という話です。
ひとりでも適材適所
上記は組織を例にとってみてみましたが、ひとりで仕事をしていても適材適所かどうかを意識することは大切ではないでしょうか。ひとりの場合は組織力で対応することができませんので、その多くをひとりで担うことになります。
ですが、そのときに自分ではできない部分までひとりで抱え込むことは想定以上に時間や知識を要しますし、疲弊する要因になってしまうでしょう。
自分でできない部分は外部へ依頼することも検討しなくてはなりません。
わたしもできない部分というものは存在します。例えば、社会保険に関する事務手続きや登記関係の手続きなどがそれにあたります。場合によっては弁護士に依頼するケースも出てきます。
時間がかかっても、知識が足りなくても自分で対応したほうが今後の経験値を積み重ねるうえでも良い部分と、やはりプロに任せた方が良い部分というのは存在するわけですので、適材適所かどうかを意識することは重要なことでしょう。
- 直近の出来事
仕事をするうえで必要な部屋の模様替えをしたのですが、本棚の奥底で眠っていた書籍で、もう一度読み直そうと思うものが出てきました。

