継続することで見えてくるもの

継続は力なりと昔からいいますが、確かに継続することで変わること、見えてくることがあります。
当然継続する前には初めてとりかかることがあるわけですが。


※継続したことはない野球

 初めてやってみたこと

先日、子供がキャッチボールをしたいというので、家族でやってみようということになりました。わたしは野球やソフトボールが苦手です。ルールもあまり知りませんし、これまでに経験した試合などでは、自分の出番が来ないことを願ってきたようなありさまです。
バットを振っては動くボールに当てられず、グローブを持っては正確にボールをキャッチできず。とはいえ、子供よりは経験してきた数が多いため、多少は教えることができます。経験がゼロではないからです。
わたしの子供はどうかというと、わたしに似たのか野球もソフトボールもやったことがなく、しかも苦手。いやはや似なくて良いところほど似るものです。

近所の公園に道具を持参してキャッチボールやバッターの練習を一緒にしました。当初、わたしの子供とはキャッチボールのレベルにはならず、グローブのつけ方から教えるのだろうと思っていましたが、どうやら学校で経験していたらしく、思った以上にキャッチボールになりました。
家族でキャッチボールをしたのは初めてですが、子供は初めてではなかったのです。やはり、ゼロと1ではずいぶんその先の結果が違うのです。

 継続することで実際に変わったこと

過去にこんなことがありました。
とある方と定期的にお会いするようになった時のこと、わたしはその方とその方の周りの状況を全く知らないまま、お互いの関係性が始まったのです。
当初、わたしがあまりに知らないことだらけだったためか、その方はあまり心を開いていない様子。当然といえば当然です。それでもわたしにできることを少しずつ、お話を聞くことから始めて何とか良好な関係性が築けないものかと試行錯誤しました。

あれから20年強、今ではその方からいろいろとお話をされたり、相談をしてくれるまでの関係性になり、ふと、関係性が変わっているなと気付きました。
何をしてきたのか、特別なことはしていないように思います。まずはその方のお話をよく聞き、そして真摯に向き合い、わからなかったことを一つずつ勉強していく。それを愚直に続けただけです。今でもわからないことはありますが、わからないことは可能な限り勉強しました。

これを継続したことがお互いの関係性を変えたのだと信じています。

 継続しなかったことでできなくなったこと

継続をやめるとできなくなることも多いものです。
学生時代からゲームが好きで、たくさんの種類のゲームをしてきました。小学生の頃から発売され始めたスーパーマリオのシリーズ。20代でハマったWiiのスーパーマリオ。全面クリアできるほどやりこみましたが、当時のわたしは「いや、普通に誰でもできるゲームだよね、これ。」などと感じていました。その後、税理士試験の受験生活が長かったためゲームを離れることになります。
やがて40代になってから改めて同じゲームを子供たちに教えてみようとプレイしてみたところ…、全然できないのです。全面どころか、1-1すら苦戦する始末。これはゲームですが、継続をしないと結局はこうなってしまうのです。

ゲームはともかくとして、やはり自分にとって大事だと思うことは継続しなくてはならないのです。継続するからこそうまくなる、継続するからこそ改善点も見えてくるし、思わぬことにも気付くことができる。継続することの良さ、価値というのはここにあるのだと、改めて思った次第です。(突然体を酷使したキャッチボールは誰も継続することはないと思います…。)