税理士試験まで約1ヶ月。毎年この時期はつらく、早く終わってほしいような、もっと時間がほしいような気持ちで毎日を過ごしていました。
前向きに頑張っている人たちにエールを送るべく、夢を与えることができたら良いなという想いで書いてみます。勉強の合間の読み物として読んでいただければ。

※わたしには音楽で夢を与えることなどできません。
勉強ができない子ども
何度か書いていますが、わたしは本当に勉強が苦手で、何とか勉強をしなくてすむ方法はないものかと考える少年でした。毎日学校が終われば宿題もそっちのけで暗くなるまで外で遊ぶ、そんな日々を送っていました。
小学校3年生のある日、わたしが引き算ができないことに担任の先生が気づきます。
17-9=0、12-5=0、と1の位から引ききれない引き算はすべて0、これがわたしの回答だったのです。それから母に連れられ公文に行くことになりました。勉強嫌いの宮﨑少年はサボることが多く、この引き算をマスターするのに時間がかかったはずです。
それでもある程度自分なりに勉強したのでしょう。さすがに引き算はできるようになりましたし、無事高校にも行くことができました。
税理士試験を受験するきっかけ
高校卒業後、簿記系の専門学校へ通うことにしました。高校は普通科出身で、全く簿記は未経験。このとき母が会計事務所に勤務しており、会計に興味をもったことが専門学校へ行くきっかけでした。大学に進学するつもりがなかったのもありますが。
その後は一般企業を経て会計事務所に勤務しました。一般企業も会計事務所もそれぞれ1社のみ。それぞれいろんなことを学ばせてもらいました。会計事務所に勤務することになり、もう一度簿記の勉強をしなくてはと思い、日商簿記1級の勉強を再開しました。専門学校在学中は2級までしか取れなかったので。
何度か1級を受験しましたが、全く合格する気配がありません。
そうこうしているうちに人生のターニングポイントが訪れます。
わたしが25歳のとき、母方の祖父が他界しました。祖父は囲碁が好きで文学に長け、明るい性格でお酒を愛した人でした。わたしは祖父の勤める会社でアルバイトもさせてもらった経験があり、よくかわいがってもらった孫だったと思います。
そんな祖父がこの世からいなくなる。ベッドに横たわった祖父をみたとき、それはまるで現実ではないようで、それと同時に”死”を初めて身近に感じた瞬間でした。
「人は必ず死ぬ。その瞬間はいつ来るかわからない。自分が死ぬ瞬間、一生懸命生きたと思えるのか、このままで。」
自分の中に何かを残そう、苦手な勉強に挑戦して資格を取ろうと思ったのはこの出来事がきっかけです。
継続するメンタル
税理士試験の資格取得を一念発起した当時、合格率が最も高い年齢が25歳、そのときのわたしの年齢でした。今やらなければ合格できない、という思いにかられ試験勉強をスタートしました。
勉強を始めた当初は1年に1科目、5年で試験突破のつもりでした。
人生はそううまくはいかず、それから22年の月日が流れることになるのですが…。
周囲からはよく22年あきらめなかったね、と言われます。長い受験生活の中で1度だけ、もうだめかもしれないなと思ったことがあります。何年も時間をかけ毎年受験するのに成果が出ない、それを支えてくれる家族の気持ちを思うと、これ以上やることに意味があるのか、他の道もあるんじゃないか、と家族に申し訳ないという気持ちがあふれそうになったのです。
でも、それを支えてくれたのもやはり家族でした。特にずっとそばで見ていた妻は何も言わず、ただただ家事や育児を担ってくれました。もう家族には感謝の言葉以外ありません。
そのとき以外は絶対に合格する!という気持ちしか持っていませんでした。勉強はできない人間でしたが、あきらめの悪さは誰にも負けない、それがわたしを支えていたのでしょう。
言霊というのが実際にあるのかどうかわかりませんが、周囲にも絶対に税理士になると言い続けました。
1年中、頭の中を税理士試験が支配していましたし、図書館などでほかの受験生の頑張る姿を見て肌でもその気迫を感じ、絶対に負けない!と言い聞かせました。
図書館の中で勉強するのは大半が中高生なので、その子たちと競争しているわけではないのですが、仮想受験生ライバルとしてモチベーションを保っていました。
名前も知らない中高生たちに良い刺激をもらって感謝です。
こうして、たとえ40年前に勉強ができなかった少年でも税理士になることができるのです。
何かに立ち向かい、壁を越えられず、当たっては砕け、涙を流す夜があっても、なりたい姿を描き続ければ自分次第で変わる未来もあるのです。
今苦しんでいる誰かの助けにはなれないでしょうが、そんな現実もあるのだと頭の片隅に残れば、うまくいかないことがあっても、未来が変わるきっかけにはなれるかもしれないと思っています。
- 直近の出来事
とあるイベントに夫婦で参加する予定でいましたが、わたしは別のイベントに参加することになりました。これはこれで良かったとホッとしています。

